夏至を過ぎると昼がどんどん短くなる筈なのだが、
日輪自体の高さが冬場とは違うせいだろか、
山の稜線へ陽が没した後も、ずんと長々 空は明るい。
明け方も同じで、
陽はまだまだ昇ってもないというに、
黎明と呼ぶには明る過ぎる白さの空が、
それは早々とやって来る。
「だってのに、
秋と同じくらい“夜長”って印象があるのは
いっそ詐欺だよな。」
いつまでも明るい宵あたりから、
昼間の蒸し暑さにすっかりダレていたクチが
現金にも活力を取り戻し。
今宵はどこの姫を狙おうか、
どこそこの娘は貧しいゆえか守りが甘いぞ、
西の葛屋敷の年増はまだ若いつもりでおるので
いっそ からかい甲斐があるぞなぞなぞと。
女性の側には相当に罪なことをば企み合って、
牛車を仕立てて伸し歩く、大馬鹿公達もなかなか絶えぬし、
その結果、壮絶な怨嗟を礎にとんでもない妖異に転変してしまい、
直接の恨みの相手を見失い、
全然関係のない者ばかりを害す存在にでもなったりした日にゃあ、
“本来の本命への意趣返しを せいぜい楽しみにでもせんと、
苦労への割が合わねぇってのっ。”
覇気をまとわせることで、
薄い和紙のはずがピンと張りもて指先で立ち上がる。
それをぶんと手首を降り抜いて投げれば、
宙を滑空する様は、まるで若きツバクロのごとき鋭さ速さ。
匠の手になる鋼の薄刃のように、
夜陰の中、疾風撒いての翔って飛び交い。
標的とした妖異の急所へザクザクと食い込んでは、
次々に青白く燃え上がる見事さよ。
《 おのれ、東野大路の次男坊〜〜〜。》
そうかいそうかい、そいつが本命だのと。
純白の小袖に紅梅の色襲という品のいい装いをして、
場末の古びた屋敷で数寄者公達を片っ端から誘い込み、
燈台の下で般若のようなお顔を晒す鬼姫を。
仇は取ってやるから昇天しろよとばかり、
「哈っ!」
二の陣、三の陣と、咒弊の刃を次々繰り出し、
妖異が率いていた小者らを片っ端から消滅させ。
そうして精気を大外から削っていって、
深い深い怨嗟を負うた大妖を丸裸に追い込むと、
「吽っ!」
直衣の袖をばさばさと鳴らし、
揃えて延ばした人差し指と中指で、宙を切り裂くように印を切る。
九無(クナイ)のような楔に細長く裂いた咒弊を結んだものを、
一気に叩きつけ、
「もういい加減、気も済んだろう。
お前様を愚弄した馬鹿息子は
少なくとも今の世代の社交の場に顔が出せなくなるほど
俺様がきっちり辱めてやるから、
安心してもう眠れ。」
どんな呪詛より祈祷の詞より、
恐ろしさで群を抜いてよう言いようを向けてやれば、
《 ……。》
そうまで自分の口惜しさを判ってくれたかと納得したのか、
それとも…この陰陽師の報復術の恐ろしさ、どこかで訊いてでもいたものか。
封印の咒陣の中へ大人しく吸い込まれてくれて、
妖異封滅の方は何とか収まり。
「…さてと。」
伸びるままにされた下生えが、膝近くまで伸び放題となった中、
そんな雑草の波をなぶる風が吹いたものの、
昼間の温気もそのままに、
蒸し暑く、重々しい夜気が垂れ込める場末の野原に、
いつの間にやら月が昇っており。
「東野大路のといや、右大臣の何番目かの娘婿の実家だの。」
そんな立場を笠に着て、
やりたい放題している馬鹿息子がいるとは、
要領が悪いというか、ただの大馬鹿野郎だというか。
「どうするね。今から突つきに行くか?」
大地の精気が相手に加担せぬよう、
主人が奮闘中、ここいらの結界を担っていた式神さんが、
夜陰の中からその姿を滲み出させる。
黒で揃えた装束が、だが、
月の光を受けて、影よりは存在感を浮き立たせているのへ、
「…。」
蛭魔が白い手を延べれば、
「…っ、痛ってぇな。」
「何だよ、肩が腫れてるようだから
冷ましてやったんだろうが。」
陽の咒は俺へも破壊力デカイんだよっと、
治療の咒が却って堪えたらしい、
不平を鳴らす黒の侍従さんだったので。
「じゃあ…。」
自分よりもやや上背のある、雄々しき蜥蜴の総帥殿の、
分厚い胸元へその痩躯を寄せた術師殿。
間近になった精悍なお顔のおとがい辺りへ、
少しほど背伸びをしつつ、薄い口元を触れさせれば。
「〜〜〜っ。///////」
唐突だったせいか、
初な童っぱのようにたじろいで身を反らした総帥殿だったが、
「………あ。」
さっき指摘された、
無理をしたせいで腫れるほど痛めていたはずの肩がもう痛くない。
葦の葉を摘むとその先へ同じ口元を当て、
吸い取った瘴気を移して宙へと捨て去った蛭魔であり。
「さて。お馬鹿な遊び人を懲らしめにゆこうかの。」
「お、おお。」
野放しにしとけば、同じような面倒な禍根をまたぞろ生むに違いなく。
とっとと叩きのめして
浮いた噂も沈んだ怨嗟も聞かれぬようにしてやるべえと、
今度こそいやに嬉しそうにてぐすね引く術師なの、
月の降らせる青光の下、苦笑交じりに見やる侍従殿だった。
〜Fine〜 14.07.22.
*熱帯夜が続きます。
そういや昨年は、
明け方までに30度台から引かなんだ、
ふざけんなって晩もあったんでしたよね。
夜くらい、物書きさせてほしいです。
めーるふぉーむvv
or *

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